旧八女郡役所に移転して5年半。
ブログは6年前の12月で止まったまま。
店が出来るまで、続きをすこし書いておきます。
あの年の夏以降、時間を作ってはスコップでせっせと地面を掘り、へとへとになりながら一輪車で裏まで運んでいました。それで何とか地面を30センチほど掘り進めた後にコンクリートを流してもらった写真が前の投稿のもので、そこへ付けた簡単な基礎の上に床板を貼ったのが今の店の床。八女杉の足場板で上陽町の山口製材所さんに届けてもらったのをボランティアの方や八女空き家再生スイッチのみんながいい感じに仕上げてくれました。何もない床板だけの空間は暖かさと緊張感が程よく調和した気持ちの良い空間で、そのまま店にしたかったんですが、そんなこと言ってられないので、その後は新規に壁を作るのに、大工さんに下地を作ってもらい、その上から山口さんの杉板を貼ったのが、カウンターの横と冷蔵庫の裏、それにトイレ周りの壁。古い建物なので垂直を取るのや曲がった梁に添わせて切るのが素人にはなかなか難しかったのですが、それも含めて今となっては面白い体験です。これもいろんな方に手伝ってもらい、それも楽しそうにやって下さってたのがとても有難かったのを覚えています。
その後は大工に電気工事、設備と、税務署に許可申請していた移転の日に間に合うように作業は続き、Studio Rakkoraの木村夫妻設計で関内さんが作った家具が収まり、さらには既存のボロボロの壁のまま開店しようとしてるのを見兼ねた左官の三宅さんが痛んでいた壁や荒壁をまるで元からそうであったかのように雰囲気良い土壁に仕上げてくれ、またまたボランティアの人たちがガラス窓を掃除してくれたりして、しかも移転で忙しい僕がまさかのインフルエンザで隔離されるなか、NPOの中島君が作業全般を一手に差配してくれて、何とか朝日屋酒店と旧八女郡役所のオープンにこぎつけたのは昨日のようで遠い昔のことのようで。その後もオープンの忙しさと各助成金の報告書やNPO、酒屋の決算などが続き、締め切りに追われる作家のような気分を味わいながら過ごしていました。しばらく助成金や補助金という言葉に敏感になっていたのは徹夜でウンウン唸りながら慣れない作業をしていたのを体が覚えているからです。
その後も少しずつ思い出したように作業をしているんですが、それはまた別の機会に。
旧八女郡役所修理のことを前述した中島君がColocalというサイトで記事にしてくれています。修理中の写真も見られるので、気になる方はどうぞ。